紅茶の席の母親役:マザーとは
2015/12/24
写真は映画『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』の一場面です。
この場面では、紅茶の席におけるマザーの役割が非常に象徴的に描かれています。
アルゼンチンとの間にフォークランド紛争が勃発し、2万キロ離れ、軍事的にも経済的にも重要な意味を持たないフォークランド諸島まで機動部隊を出撃させるかどうか悩みに悩んだ末サッチャー首相は戦争する事を決意し、戦時内閣を組織します。初めての近代化された西側諸国同士の戦争で、最新兵器同士が戦うという点でも注目された戦争です。
アメリカのレーガン大統領はヘイグ国防長官に関係各国を飛び回らせ、戦争回避の道を探ります。
そのヘイグ国務長官の「貴方は2万キロ離れた小島のために戦争をするのか?」という問いに「では日本が真珠湾を奇襲した時に、米国は紳士らしく東条に和平を申し出ましたか?」「いいえそうはしなかった。」「信条を貫くかどうかが問われているのです。」と毅然とした態度でヘイグ国務長官の和平の申し出を断り、ティーポットを手にしながら発した言葉が「母親役を務めますわ」という言葉です。
それまでの文脈とは全く関係なく、と言っても、その後の文脈にも全く関係なく発せられるこの「母親役を務めますわ。」という言葉。
それはイギリスのお茶の文化、アフタヌーンティーの文化を理解していなければ何のことか理解は出来ないでしょう。
それに続く、「Tea. How do take a tea. Black or white.」 「お茶にはミルクを入れますか。」という言い回しも興味深いのですが。
日本では、「アフタヌーンティーとは、3段トレーにケーキが載って来るティールームのメニューの名前」と思われています。
でも、実はそれは欧米社会における上流階級の社交の、おもてなしのパーティーなのです。
本来は招待状を出してお客様を自宅にお呼びし、手作りのケーキとお茶でお客様をおもてなしする社交のパーティーなのです。
社交のパーティーですから、そこには必ず主人(ホスト役)とお客様(ゲスト役)が存在します。
そして紅茶は基本的に女性の文化ですから、その主人役を「お母さん:マザー」と呼ぶのです。
現在のティールームのアフタヌーンティーは、その社交のパーティーのアフタヌーンティーを「ここでも出来ますよ。」といって始まったもの。
ですからティールームのアフタヌーンティーであっても、イギリス人たちは必ず、「今日のマザーは誰なの?」と言って、マザー、つまりそのパーティーの主催者:亭主役を決めてからアフタヌーンティーを始めます。
基本的にお茶を調整するのはマザーの役目。茶の湯のお茶事とと全く同じです。
「そこの主人が自らサービスをする。」それがお茶が持つ、世界共通の文化なのです。
当然お客様になった人はティーポットに触れる事はありません。
マザーが全て取り仕切り、お客様の好みをお聞きし、ストレートがお好みのお客様には濃く淹れられたミルクティー用のお茶にお湯を注ぎ飲みやすくしてお客様にお渡しします。
ミルクティーがお好みであれば、濃い紅茶にお客様のお好みの量のミルクを注ぎ、お砂糖の量も聞いてかき混ぜてから「どうぞ」といって渡すのです。
おもてなしのティーですから、お客様のお好みの紅茶に仕上げてからお渡しするのは、当たり前すぎるくらい当たり前の話です。
それが、「Tea. How do take a tea. Black or white.」 「お茶にはミルクを入れますか。」というシーンなんですね。
イギリスでは日本で言うストレートの紅茶の事は「Black」。ミルクティーの事は「White」と表現します。
緊迫した場面をこの唐突に見える(日本人にとっては)シーンで一瞬和ませてくれる演出はさすがです。
「米国の国務長官がお見えです。」という場面で伏線的にワゴンでティーポットが運ばれてくるシーンも素敵です。
この『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』に限らず、イギリスを描いた映画にはところどころ紅茶に関係したシーンが出てきます。
そんなシーンを探すのも、紅茶好きにとってはイギリス映画の楽しみ方のひとつです。
そうそう、『チャーリーとチョコレート工場』では、チョコレートの川を下りながら工場主のウォンカが「ここは何の部屋」と説明しています。
日本語の吹き替えで「ここは生クリームの部屋」と話しているその部屋には、はっきりと、「CLOTTED CREAM:クロテッドクリーム」と書かれていたのも紅茶好きを嬉しくさせてくれました。
写真はDVDの動画をキャプチャーしていますが、その事について語るときには引用として著作権法上その使用が認められていますので使わせていただきました。
ただ、その引用元を明記しないといけませんのでリンクしておきます。
映画『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』の公式サイトです。ご覧になりたい方はDVDをお買い求めになるか、レンタルなどでご覧ください。