紅茶専門店 ティーズリンアン 店主のブログ

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完璧な紅茶の淹れ方:王立化学協会のプレスリリース

      2017/04/03

2003年6月24日 イギリスの王立化学協会が正式なプレスリリースを出しました。
そのタイトルは、『 How to make a Perfect Cup of Tea 』「一杯の完璧な紅茶の淹れ方」。

この中で王立化学協会は、「牛乳は紅茶の前に注がれるべきである。なぜなら牛乳蛋白の変性(変質)は、牛乳が摂氏75度になると生じることが確かだからである。・・・・。」と書いたために、日本では「ミルクが先か紅茶が先かという長年の議論に結論が付いた。」とニュースで流れてしまいました。この事は、ご存知の方も多いでしょう。

でも、間違えないでくださいね。
あれ、ジョークですから。

イギリス人のやる事を日本人の感覚で考えてはいけません。
イギリス人はジョークが大好きな人種なんです。というより、日本人が真面目過ぎるのです。
よく、「日本人はジョークが解からない。」と言われて、「そんな事は無い。日本人だって冗談は言う。」って怒る人がいますが、イギリス人の、というか欧米人のジョークは日本人の常識を遥かに超えています。
それが理解できていなければ、あのプレスリリースは読めません!
あれ、完璧にジョークですからね。

このプレスリリースは、イギリスを代表する作家 ジョージオーウェルの生誕100年を記念して、王立化学協会がオーウェルの書いた「A Nice Cup of Tea」というエッセイに呼応して書いたジョークです

エイプリルフールにイギリスの新聞がどうなるか?
よく日本の新聞に、「イギリスの新聞にこんなジョークの記事が出た。」ってニュースになりますが、トップページの面白おかしい、明らかにウソの記事だけではありません。
3面記事まで、それも片隅の小さな小さな記事にさえウソの記事が混じります。
それも、明らかなジョークではなく、本当か嘘か解からない様なウソを混ぜ込んできます。
それを市民は、「これは絶対にウソだ!」「いや、これは本当だ。」「で、こっちがウソだ!」「いや、これは本当だろう。だって...。」と楽しむのがイギリス人なのです。

これを日本の新聞がやったらどうなるでしょうか?
「エイプリルフールですから...。」で済みますか? ^^;;

東京新聞は珍しくエイプリルフールをする新聞ですが、それでもエイプリルフールだとわかるようにしてやっています。
イギリスではエイプリルフールだなんて書きません。そしてウソかどうか判断に困る記事までごく自然に紛れ込ませます。そして後から、「あれはエイプリルフールでした。^^;;」なんて発表もしません。
そんな野暮なこと、しません。

王立の科学協会でもそうなんです。何かイベントであれば、エイプリルフールであろうと無かろうと、ジョークはジョークで、きわめて自然に、極めて公式に、訂正記事も何も無くジョークを配信するのです。

だって、あのプレスリリース。読めば解かるでしょ!

今、原文はここにあります。
http://www.academiaobscura.com/wp-content/uploads/2014/10/RSC-tea-guidelines.pdf

一番よくわかるところはここ。
1ページ目の下段。

Personal chemistry: to gain optimum ambience for enjoyment of tea aim to achieve
a seated drinking position in a favoured home spot wherequietness and calm will
elevate the moment to a special dimension.
For best results carry a heavy bag of shopping –of walk the dog – in cold, driving rain for at least half an hour beforehand.
This will make the tea taste out of this world.

個人的な化学:紅茶を楽しむための最適な環境を手に入れるために、静かで落ちつきある自宅のお気に入りの場所で紅茶を飲むための位置を完成 させようとする試みは、紅茶のひと時を特別な次元へと引き上げる。最高の結果のためには、あらかじめ冷たい雨がひどく降る中で少なくとも30分は重い買い 物袋を担ぎ、犬を散歩させる。この準備は紅茶の味をこの世のものとは思えないものに変える。
訳:たろ。http://www.geocities.co.jp/Milkyway-Orion/3324/etc/tea_rsc.html

「冷たい雨がひどく降る中で少なくとも30分は重い買い 物袋を担ぎ、犬を散歩させる。」

なんて、ジョークってはっきり解かるじゃないですか。
こんな事、化学協会が書きますか? 心理学協会ならいざ知らず。^^;;

その上、化学協会なのに、科学的なデータが一切ありません。
科学的な正式発表で、実験データも測定データも無いなんて、有り得ません!

>今、原文はここにあります。
http://www.academiaobscura.com/wp-content/uploads/2014/10/RSC-tea-guidelines.pdf

と書きましたが、このサイトは実は王立化学協会のサイトでは有りません。
今、王立化学協会のサイト上からは、このプレスリリースが消え去っています。

では、このプレスリリースが残されているサイトはどういうサイトか?
http://www.academiaobscura.com/

このサイトは、academia obscura :学問の暗い部屋 と名づけられたサイトです。
「The lighter side of Academia. Silly, not stupid」と書かれてますね。「学問の明るい側面:間違いじゃ無くておふざけ」って訳せばいいのでしょうか?
とにかく、そんな学術的なジョークを集めたサイトのようです。
本家から消えて、こういうサイトに収集されているって事で、これは完璧すぎるくらいにジョークです。

最近、このプレスリリースがどういうジョークか考察した方が見えますのでご紹介しましょう。
Tarotan さんのブログ http://tarotan.hatenablog.com/entry/2015/09/25/233046

生誕百周年という記念すべき日に、有名作家の意見にイチャモンをつけている」という構図が見えてくるのではなかろうか。」

と書かれていますが、私にはそうは見えません。
それどころか、ジョージオーウェルを賞賛しているように思えます。
ジョージオーウェルの功績が素晴らしいからこそ、その代表作のひとつ「A Nice Cup of Tea」に対して、ディベートを挑んでいるのです。

イギリス人の議論好きも有名なところです。
どうでもいいような事に拘り、議論をしたがります。
ディベートの授業ではチームを二つに分け、議論を戦わせるそうです。
議題はなんでも構わず、自分がどう思っているかも関係なく、自分がどちらのチームに所属したかでそのチームの有利になる議論を組み立て、極めて論理的に相手側を論破する。
これがディベートだそうです。

王立化学協会は、ジョージオーウェルに、このディベートを挑んだわけです。
それはオーウェルの「A Nice Cup of Tea」が素晴らしいからに他なりません。

一記者の、科学者でもなんでもない一作家の短いエッセイに対して、権威有る王立の化学協会が、科学的論拠を持ってディベートで挑んだのです。
これこそオーウェルに対する最高の賞賛では無いでしょうか。

これを受けてメディア各社もそのディベートに参戦したわけです。
BBCの「協会が発表したいくつかのルールは個人的趣味であり化学的根拠はない。」という報道は、「ジョークのわからんやつが要るといかんから。」というスタンスで冷静な報道をしてます。BBCBBC NEWS | UK | How to make a perfect cuppa

が、The Guardian の「これは、英国人の半数に対する宣戦布告だ。オーウェルの生誕百周年というのに、彼の墓に吐きかける行為だ。」という報道はオーウェル側に立ったディベートです。The Guardian:How to make a perfect cuppa: put milk in first | UK news | The Guardian

統計を取ったわけではありませんから簡単に結論付けることはできませんが、今、「How to make a Perfect Cup of Tea」でネット上を検索すると、たくさんの完璧な紅茶の淹れ方のページが出てきます。
これもオーウェルの、そして王立化学協会に対してのディベートと見ることも出来ます。
こういう状態を作り出したのも、王立化学協会の功績だといえます。

オーウェルは「A Nice Cup of Tea」の冒頭でこう書いています。

If you look up ‘tea’ in the first cookery book that comes to hand you will probably find that it is unmentioned; or at most you will find a few lines of sketchy instructions which give no ruling on several ofthe most important points.

もしあなたが手元に有る料理の本を手にとって「紅茶」を探してもたぶん見つからないか、少しは書いてあっても重要な事は何もみつから無いでしょう。(自訳)

こう書き出しています。「だからこれを書くのだ。」と。

それが王立化学協会がオーウェルのエッセイを取り上げ、それにディベートを挑んだことによって、「How to make a Perfect Cup of Tea」の記事がネット上に溢れるようになった。
オーウェルは天国で、「してやったり。」と、ほくそ笑んでいるのではないでしょうか。

しかし日本では、The Guardian の記事のタイトル「How to make a perfect cuppa: put milk in first」あたりを訳のわからないメディアが「長年の議論に結論が付いた」と報道してしまったために、それは「王立化学協会が正式に結論付けた」として日本で広まってしまったのだと思います。
これがエイプリルフールに発表されていれば日本のメディアも、「これはジョークだな。」って気づいたんでしょうけどね。

ちなみに、「紅茶が先か、ミルクが先か?」の議論自体も、単にイギリス人が議論を楽しんでいるだけで、現実はほとんどの人が紅茶を先に入れてます。

その話はまた今度にさせていただきます。^^;;

 

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