紅茶専門店 ティーズリンアン 店主のブログ

紅茶専門店の店主が語る 紅茶の真実

ダージリンストライキとダージリンセカンドフラッシュ

      2017/08/19

リンアンは、今年のダージリンセカンドフラッシュの輸入を見送りました。
その事とダージリンのストライキについてメールマガジンには書かせていただきましたが、その後の状況も踏まえて若干書き直し、ここに転載させていただきます。

皆さんご存知のように、今、ダージリンでは無期限のストライキが続いています。
セカンドフラッシュについては、今回のストライキが始まった時点で多くの生産が済んでおり、その品質には影響は有りませんでした。

しかし、今回のストライキは単なる労働争議ではなく、基本的に民族問題で有るため、長期化が予想されており、現時点では急激とは言えないものの、確実に価格の上昇が起きています。

リンアンは幸いにも、昨年のセカンドフラッシュですが、5月にサングマ茶園のSFTGFOP1(MUSK)を輸入しており、皆様への十分な供給体制が出来ているため、今年のセカンドフラッシュの輸入は見送らせていただきました。

ここで今回のダージリンのストライキについてお知らせしたいと思います。

最新情報は、順次ツイッターでお知らせしますので、 @Liyn_an をフォローしてください。
(写真はWikipediaの規定によって使用を許可されたもので、おそらくストライキのPRのために流された画像だと思います。その分、割り引いてご覧ください。 https://en.wikipedia.org/wiki/Gorkhaland

今回のダージリンのストライキは、単なる労働争議・賃上げ要求ではありません。

基本的には西ベンガル州からの分離、独立した州の創設を求めるストライキです。
ストライキというよりも、民族紛争、独立闘争といった種類の運動と言った方がいいでしょう。
ですから、そう簡単に収束するものでは有りません。

事の発端。直接の起因は西ベンガル州政府が、ダージリン地区の人々にベンガル語の履修を義務付けた事に始まります。

基本的にダージリンはネパール人であるゴルカ民族の人達が住む地域です。

ダージリンはかってはシッキム王国領でしたが、ネパールを統一したゴルカ王国が勢力を伸ばし、19世紀にはテライまでをネパール領としていました。

それを1814-1816年のグルカ戦争(グルカはゴルカの英語読み)の結果、ダージリンは東インド会社の領地、つまり、イギリスの領地となったのです。

そのダージリンは、現在、西ベンガル州に属しています。
州都はコルカタ(カルカッタ)です。

西ベンガル州がどれくらい広いか、ご存知でしょうか?

州都のコルカタからダージリンに行くには、コルカタ空港から飛行機で約1時間半。テライ地方のシリグリーに有るバグドグラ空港まで飛びます。
そこから山道をジープに乗って2時間登るとやっとダージリンの町に着くのです。それが全部、西ベンガル州。^^;;

私が最初にインドを訪問した時は、通訳のアルナック君に同行してもらいました。
彼の家はコルカタに有り、当然ですが、ベンガル人です。

そのアルナック君の言う事には、「ここがとてもインドとは思えない!」「まるで外国に来たようだ。」というのです。

つまり、ダージリンは実質的にネパール人、ゴルカ人の国なのです。

そこでは基本は英語ですが、住民多くはネパール語を話します。
その人たちにベンガル語の履修を強要するという事は、ベンガル化を強制することに他なりません。

ストライキを主導しているのは、「ゴルカ人民解放戦線(GJM:Gorkha Janmukti Morcha)」です。
GJM は、ダージリン地区をゴルカランドとして、西ベンガル州から独立させる事を要求しています。

現在の西ベンガル州の州政府首相のマムター・バナルジー氏は、インド国民会議派から追放され全インド草の根会議派を立ち上げた人物です。
http://ow.ly/zAKU30erlhY
この記事を書いているのはゴルカ人民解放戦線の広報を担当していたジャーナリストですので、その分割り引いて読まなければなりませんが、マムター・バナルジー西ベンガル州首相はこれまでもベンガルの文化をダージリンに持ち込もうとしており、そこにベンガル語の履修を義務ずけた。
少なくとも、ダージリンの殆どの住民であるゴルカ人にはそう思えたという事です。

だからストライキが起こったのです。

西ベンガル州政府とGJMだけの関係ではなく、インド中央政府も含んだ解決が要求され、そうそう簡単に終わる問題では有りません。
インドの独立記念日の8月15日を前に中央政府の内務大臣、ラージナート・シン氏 が仲介に入ったようです。

独立記念日はストライキを中断して、GJM側も独立記念のパレードをしたりしていますが、その後は同じようにストライキが続いています。
この先、いつまでストライキが続くか、全く見通せない状況です。

現在ダージリンは孤立した状況です。
6月18日から、インターネット回線も切断したままとなっています。
商店がすべて閉まっているのは当然としても、その商店には商品自体もすでに無く、ダージリンを離れる人も多くいる状況です。

こういう状況の中で、ゴルカ人民解放戦線(GJM)は、13のNGOと食糧や救援物資を提供する救済委員会を立ち上げました。

ダージリン自体はネット回線も、ATMも、閉鎖されてしまっているのですが、更にその奥のシッキム州までは西ベンガル州の統括下には無いため、シッキムを窓口にしているようです。
これは、一安心できると共に、長期戦に備える体制が出来た事も意味します。

ゴルカ人は、非常に勇猛果敢な民族です。ネパールを統一し、その領土を広げてきました。
ダージリンはかってシッキム領だったのですが、イギリスに割譲される頃にはネパールの勢力下になっていました。
グルカ戦争で、先進的な兵器と圧倒的な兵力を誇るイギリスに敗れたとは言えども、イギリス軍を怯え、恐れさせ、翻弄してきたのがグルカ軍でした。
その後、イギリス軍に雇われ、世界にグルカ兵の名を知らしめ、現在でも軍事顧問として世界中で活躍しているのがゴルカの人達です。

そういう誇り高い人たちです。そして支援物資の補給ルートも構築した今、そう簡単に妥協する事は無いでしょう。

西ベンガル州の州政府首相のマムター・バナルジー氏も一歩も引く構えを見せていません。

http://ow.ly/Wzxg30etVaJ

上のリンクをクリックしてダージリン県を見てみてください。
このダージリン県の中に紅茶の産地としてのダージリンと、平地の紅茶産地のテライが有ります。
テライの中心地のシリグリー辺りは、「シリグリー回廊」と呼ばれ、そこは巨大な大地を持つインドでも、その幅は、僅か22Kmしかありません。
しかし、その先にはたくさんの州があり、例えばアッサム州では大量のお米が生産され、インド全体の15%にあたる石油が生産され、更にインド、いや、世界最大の紅茶産地です。

シッキム州とブータン、そして中国の三か国の交わる辺りにあるドクラム地方は未だに国境線のはっきりしていない地域で、今年の5月には中国による道路開発をきっかけにインド中国間で武力衝突も起こっているのです。

それら、インドにとって非常に重要な地域を繋いでいるのが、あの巨大な国土を持つインドの中でも僅か幅22kmしかない、チキンネックのシリグリー回廊なのです。
そして、そのチキンネックを管轄しているのが西ベンガル州の州政府首相のマムター・バナルジー氏なのです。

マムター・バナルジー氏がそう簡単に引くわけが有りません。

上に出したリンクの http://ow.ly/uTjp30erxA8 にしても、 掲げているのはインドの国旗です。彼らの望んでいるのはインド国内でのベンガル人からの自立です。
ストライキの初期には武力衝突に発展し、数人の死者も出ているものの、幸いにも今現在はGJM側も州政府側も武力衝突を避け、静かな中でストライキが進んでいます。

このストライキは長期化します。少なくともオータムナルは確実に影響を受けます。
数年は打撃を受けるでしょう。

でも、それでダージリン紅茶が飲めなくなる事はありません。

紅茶と観光は、ダージリンの主な収入源です。
それはゴルカの人達にとっても大事な収入源です。
数年、ダージリン紅茶に影響が及んだとしても、ダージリンの紅茶と観光産業は必ず復活します。
私達はそれまで、ダージリンの人達の平穏を願って静かに見守っているしかありません。

もしダージリン紅茶にとって驚異が有るとすれば、それはカングラの紅茶かもしれません。

カングラはダージリンと兄弟の産地で、かってはダージリンと並ぶ大きな紅茶の産地でした。
それが1905年の大地震で壊滅し、現在復興しつつある紅茶の産地です。
http://liyn-an.jp/wp/archives/393

インド政府は、今後10年間でカングラのお茶の生産を現在の10倍まで引き上げようとしています。
それは放置された茶畑を整備する事で、十分達成可能な数字です。

インドのモディ首相は、6月のアメリカのトランプ大統領へ訪問のお土産にカングラのお茶を選びました。
つまり、インド政府はそれだけカングラを押しているという事です。

ダージリンの紅茶市場の一部で、カングラシフトが起こるかもしれません。

ダージリンの紅茶の生産量は、世界的に見ればそれほど多いわけでは有りません。
ダージリンの美味しい紅茶が飲めない事は、紅茶好きに取って非常に残念な事です。

非常に残念ですが、他にも美味しい紅茶はたくさんあり、私達はダージリンの紅茶が無くて困るわけでは有りません。

それより、ダージリンの人達にとって、そしてインドにとって、最善の結果となる事を望みます。

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